子どもの気持ち(今だからこそできること)
緊急事態宣言が都市部を中心に発令され、2週間が過ぎようとしています。
未だ新型コロナウィルスの猛威は続いており、世界中で外出自粛などの規制が続いております。
子ども達も新年、新学期より1度も学校や幼稚園に登校できていない児童生徒・園児も多いのではないでしょうか。
また、今回の外出規制により、夏休みの短縮も検討され始めてきました。
語弊を恐れずに言うと子ども達にとっては、急に学校に来るなと言われて、夏休みが短くなる。大きな迷惑です。
子どもにとって長期休みは楽しみでもあり、救いの時間でもあると考えます。お家の人とゆっくり過ごす大切な時間でもあると思います。
部活動や学習、様々なことに集中的に取り組める時間であることは言うまでもありません。(親戚の家に遊びに言った記憶は今でもキラキラと輝いていませんか。)
私たちがそうであったように。大人である私たちはその頃の気持ちを忘れてしまっているのではないでしょうか。
こんな世の中であるにもかかわらず、基本的に日本では皆しっかりと冷静な行動をできていて、感染リスクや収束の見えない不安こそあるものの、安全な日本で暮らせていることを感謝しております。これは私たち日本に住む大人が理性を持って行動することのできている証拠であると考えます。このことを誇りに思います。
その上で、子ども達のことに考えを向けて欲しいと思います。教育に携わり、特に初等教育に深くかかわる身としては、どうか今回の件で子ども達に大人の都合に合わせるのではなく、文部科学省を中心とした学習カリキュラムの改訂を検討してほしいと思います。これまで経年的に行われてきた学習内容の見直し、そして充実、オンライン講座の工夫。英語科や道徳科の教科化の再検討。工夫次第で必ず子ども達の「学び」即ち「学力」は担保されるものと考えます。(私自身具体的な素案はありますが、長文になると思うのでまた別の機会で述べさせていただければと思います。)
そして家庭での過ごし方についての提言
保護者の皆さま、子ども達の力を信じて、1度子ども達の思うように家で過ごしてもらうと良いのではないでしょうか。
1日中ゲームをしてもいい。ただ、ご飯は一緒に食べる。などのこちらの意見も取り入れてもらいながら。
1日中ゲームをしてはいけない。ご飯は決まった時間必ずたべなさい。と言われると子どもは反感を抱きます。大人でも同じです。子ども達の想いや意見、今どのようなことを考えているのか。ゆっくりと話が出来るチャンスです。しかし、決して大人の無理やり合わさせるのではなく。
上からキツく言われて学んだことはありますか。自分で失敗をたくさんして学んだことの方が今の自分の行動を作っていませんか。
弊園舎でも、保護者の方から多くのご質問を頂戴します。ここで私が常にお伝えしているのは、「子どもの人格と尊厳をしっかりと認めながら、大人人格と尊厳も認めてもらうこと」の大切さをお伝えしております。子どもの心に寄り添うことと、子どもの僕になることとは違います。1人の人間としてお互いの事を尊重していく考え方です。私は「教育」ではなく「共育」であると考えます。大人である私たちも、もちろん完璧な人間なんて存在しません。
子どもの尊厳を認めるところから、こちらの意見も聞いてもらう。常にいい意味で対等であることを意識すれば、子どもは必ず(ここは断言いたします)必ずこちらの意見も取り入れてくれます。私が教育に携わり、幾度の場面でこの考え方で認めてもらえなかったことは1度もありません。逆に押し付けてしまうことで多くの失敗を繰り返してきました。思春期、幼児、年齢に関係はありません。
どうか、今の機会だからこそ、共に居ることのできる時間を、大人も無理のないように大切に温めながら普段できない会話・行動をゆっくりとした時間の中で行ってみてはいかがでしょうか。
最後まで読んで頂きありがとうございます。幼稚園、小学校のみならず子育てや教育に関する弊園舎保護者の皆さま以外の方でも、我々でできることがあればいつでもご相談ください。今後の社会を創っていく子ども達の将来をどうか大切にお話しできれば嬉しく思います。
今後の教育
3年間の研究生活と8年間の小学校教員生活を経て、今幼児教育に志して3年目を迎えようとしています。
現在も尚、未曽有の新型コロナウィルスによる影響により、世界中で亡くなられた方々、そしてそのご家族ご友人に謹んで哀悼の意を表します。
また経済活動における飲食業や観光業をはじめとした中小企業や大企業の方々の今後の不安に心を痛めております。
認可外保育教育施設である我々も同じ状況でございます。
その中で「教育者」というような偉そうなことは言えませんが、「保育・教育」に携わる身として、この様な時期だからこそ、今後の子ども達の成長、これからの教育について考えたいと思います。
長期間の自宅待機と新学期、新学年、進学で大きな期待を膨らませていた子ども達にも少なからず様々な影響が出ていると思われます。保護者の方々も外で働く大人たちと同じように先行きの見えない毎日の中、不安な日々を過ごされていることと思います。
一方で、この度のコロナウイルスの影響で、自宅にいる子どもたちの為に様々なオンラインによる学習や授業のコンテンツが現れてまいりました。
これはインターネット時代の潮流に合った大変有意義なコンテンツであると思われます。これらが更に洗練されていくことでしょう。
今の子ども達、これからの子ども達は我々より明らかにデジタルコンテンツやオンラインに慣れ親しみ、生活の大きな1部となることは言うまでもありません。
これまで、学校や幼稚園に行きづらくなった子ども達にも平等に教育が受けられる機会となり、学校そのものに行くこと自体も「選択」して良い、時代が来るのではないかと考えております。
このオンラインやデジタルコンテンツを上手に使いこなしながら、幼少期、少年期を自分の選択が尊重される義務教育の一端を担ってくれることを期待しております。
一方、オフラインで直接会って話すことの重要性も今回、明らかになったのではないでしょうか。人と人が直接交わって、温度を感じながら交流することの大切さも同時に浮かんできたことと思います。
これを踏まえて、やはり幼少期には自分の尊厳の認められる環境でいること、画一的なカリキュラムにとらわれることのない学びたいときに学ぶことのできる、昨年の教育フォーラムで東京学芸大学の松田恵示先生が唱えていた「ジャストインタイム教育」の考え方が大切になってくるものと思われます。
早くから異年齢で過ごし、整えられた環境の中で、勤勉な大人の援助の元、健やかに幼少期、少年期を子ども達に過ごして欲しいと切に願います。
もう大人が「いい学校に入っていい大学に行けば幸せが待っているんだ。」という時代は終焉を迎えております。
早期教育、インターナショナル教育のプレミアはどこにもございません。
自分の進む道は自分で決められるように大人である我々が共に考え援助してあげることが大切であると思います。
また、今回のような誰もが予想しない出来事や社会情勢の中、「平和」を心に、他者と協力できる優しさの持った社会を構築できる人材になって欲しいと考えます。
SNSでは様々な憶測や情報が行き交い、人類にとって本当の意味で情報リテラシーが求められる事態となりました。
子ども達にも使い慣れた来るべき、いや到来して切っても切り離せないデジタル社会の中で、先に生きる大人が子ども達の為にできることを考え続けていきたいと思います。
私自身も今はじっと耐え忍び、協力、協働しながら子どもの未来の社会を考えて行きたいと思っております。
素敵な椅子
園舎春休みの中、日頃、弊園舎をご利用いただいておりますマルキン家具の代表者様より素敵な椅子を本日ご寄贈頂きました。
子どもの姿勢を大切に考えられたこの椅子。デザインもさることながら機能性も十分なエビデンスのもと作られたというもの。
今回まさに家具についてのプロフェッショナルである代表者様より多くの刺激を頂戴し、またこのお気持ちにお応えできるよう、身の引き締まるひと時でした。
本気で子ども達の成長を願う大人の力、これが社会を教育を良い方向に向かわせる鍵だと思っております。
子ども達がこの椅子に座っておしごとをする姿を想像すると、とても嬉しくなります。
未曽有の新型コロナの蔓延。先行きがわからない状況の中、弊園舎もしっかりと情報をキャッチアップし、子ども達、保護者の皆さま、スタッフにとっての最善を判断してまいりたいと思います。
保護者の皆さまの願い
体験入園を終えるにあたり、ご体験頂いた保護者の方々に「お子様への将来の願い」をご意見を聞かせて頂きました。
保護者の皆さまは子ども達の職業などに大きな期待をしているということではなく、自分で考え想像し、自分で選択した人生に満足をし、それが周りの人の役に立つ人生を歩んで欲しいということでありました。
私も全くの同意見であり、そのお子さまを想う心に感動いたしました。
しかしながら、その為の「プロセス」について少し考えたいと思います。
それは「本当の意味での主体性」です。誰もが人生を大満足して生きたいと願い、大切な人がそうあってくれれば幸せであると考えます。
そこにはたくさんの生活する技能や各感覚器官が一気に成長する「幼少期」の日々の過ごし方が最重要であると考えます。
それは「学力」や「偏差値の高い学校」ということではなく、幼少期に自分の尊厳を認められ、満たされた心と環境の中で適切な時期に思考や言語、そして様々なことが出来るようになる自信を得るための自己選択の経験を繰り返すことが大事であると思います。
進学塾や有名進学校に通うにはやはり「競争」という原理がどうしても働いてきてしまいます。人生は他の誰かと比べるものではなく、丸い球体をそれぞれが走ったり歩いたりし、その他の誰かとは協力して生きていくものであると考えます。
この体験を通して、子ども達は根本的に本当に優しく、順応性があり、そして勇気があるのだということを痛感させられました。
どうか、子ども達の幼少期、少年期が信頼できる大人と自由が保障される環境の中で、「自己選択」と「小さな成功体験」繰り返して欲しいと願います。子ども達の自分の進路は是非自分で決めて欲しい。どの学校に行くのか、はたして行かないのか。どの職業につくのか。どんな人生を歩むのか。世界は時代を経るにあたり日々変化を続けております。これまでの学力主義、終身雇用制度は終焉を迎えます。
保護者の皆様には「最高の理解者」であり、どんなことがあっても「常に味方」であって欲しいと願っております。
平和教育
子ども達の様子を見ていると、小さな諍いでも自分たちで殆ど解決しているように思います。
モンテッソーリの「平和を創るのは教育の仕事である」という言葉は本当にその通りだと思います。
子ども達は本当に友だちに優しく、自分にも優しい。そして我々大人にも優しいと感じたことは小学校教員生活よりその思いが変わったことはありません。
それなのになぜ大人になるにつれて他人を傷つけ自分を傷つけてしまうのでしょうか。それはやはり「環境」と子どもの吸収することに対する「大人の行動」が多いに関係しているように思います。
我々大人が子どもの自由を保障し、尊厳を認め、それによる責任と自律を子ども達が染みていて他者の意見と折り合いをつけていくことが出来る。
子ども達はいつも外で思い切り遊んで帰って来た後、冷えた園舎のお茶を分け与えながら飲みます。
金銭的ではなく本当に意味で精神的に満たされるということを経験していくことが、「平和」への第1歩になっていくものだと信じる中、大人も常に平和を願い行動していくことが重要であるとそれが平和教育に繋がっていくと信じております。
子どもたちの力
初めての母子分離。保護者の皆様には子どもを小さな社会に出す第1歩となります。
すぐに環境に馴染める子、泣いてしまって中々園に入れない子。全員の個性が多いに出る中、お母さんたちは断腸の思いで子どもたちを預けに来てくれます。
我々もその想いに応えるべく、一人ひとりに合わせた方法を保護者の皆さまと相談しながら考えていきます。
やはり、そこで鍵になるのは「子どもを信じること」だと考えております。高津学院でも初めての園児には、体験からお昼までの慣らし登園という流れをとっております。
今回の体験では大泣きしてしまう子どももいました。しかしながらお母さんが決断し我々にゆだねてくださり、朝泣いていた子が今は元気におしごとに取り組んでいます。友だちと自然と会話し、自分の思う「おしごと」に取り組む姿に感動せざるを得ません。まさに「子どもの家」となってきています。
母子分離には様々な見解があると思いますが、受け入れ側は子どもが「安心」できる環境(場所・教師)をしっかりと整え、保護者の皆さまの想いを汲み、やはり最後は子ども自身の環境への順応性を信じてあげることが大切であると思いました。
子どもの力、お母さんをはじめとした保護者に皆様の決断、モンテッソーリ教育の環境。この3者が同じ方向で揃えば子どもが「自立」に向かうものであると、子ども達から日々学ぶことが出来ることに感謝しています。
自由と規律について
多くの保護者の皆さまからモンテッソーリ教育における「自由」についてのご質問を受けます。
園舎では「自由」という名の「放任」では全くないということ。をお伝えしております。
今日は子どもとのやり取りの中のこんな1例を紹介したいと思います。
登園してきた園児はトイレを済ませ、手を洗います。しかしながら3歳児の園児は他の友だちのおしごとや他の園児のお迎えに気をとらえて、身支度が全くできていません。しかし園舎ではお手伝いが必要であれば手助けするものの、「早くしなさい!」ということはありません。
私は「〇〇くん、上着がまだ掛かってないよ。」「○○君、園に来て大分時間が経つようだよ。」と声を掛けました。
私も見届けていたのですが、私自身の仕事もあったので、
「〇〇くん。できたら園長先生に教えに来てね。」と伝えて職員室に戻りました。
すると数分後、
○○君「園長先生、身支度できたよ。」
私「自分でできたんだね。今日は時間が大分かかったようだけど、どう?」
○○君「いろんなことをしてしまって、遅くなってしまったんだよ。」
私「うん。見てたよ。○○君、時間が無くなってしまったらどうなると思う?」
○○君「おしごとが出来なくなっちゃう。」
私「そうか。そうだね。じゃあ、次からどうしようか。」
○○君「次からは早く身支度して、たくさんおしごとしたいと思う。」
私はとても感心しながら、この園児と会話をしていました。3歳児でも原因と結果を理解し、自分の言語で発することが出来るのだと。
この男の子には「身支度を素早くする」ことについては、自分自身の「課題」であるということに気づいてくれればと願っております。
このように、自分の身支度を終えないことには決して「おしごと」をすることはできません。もし時間内で何もできなくてもそれは本人の決めたことになる、という「責任」を園舎では感じて欲しいと思います。決して教師である大人への恐怖心や畏怖感ではなく、自身で「ルール」を理解していくようになって欲しいと願います。
そして、私が「教育」について大切にしていることは、「子ども理解」です。
「子ども理解」のスタートはお互いの年齢などを超えた「人」としての「尊厳」を大切にして、子どもと接することだと考えます。
子どもをひとりの「人」として尊厳を認めて接し、こちらの尊厳も尊重してもらう。私たち大人は、ただ少し先に生きているだけというように解釈する。
私自身も今日のような出来事による子どもからの学びを大切にし、子ども達には自分自身の中にいる「教師」の声に、心の耳を傾けてもらえればと思います。
学び
1月11日(土)ATCエイジレスセンターにて行われたモンテッソーリ教育の講演会に参加してきました。
主題は、「Adaptation 子どもたちへの文化の継承と、変化し続ける社会での適応力」でした。
その講演会の中で、講師の小川直子さんは、子どもは強く環境の影響を受けること、生活のすべてを「吸収している」ということを前提に、価値観は後付けされにくいということを述べておられました。
私たちは気づかぬうちに育ってきた環境の中での価値観をそれぞれが持つようになります。
こう考えていくと、「違い」が出てくるのは当然のことで、この違いを優劣や良し悪しの判断とするところから「争い」が始まるのではないかと考えました。
また、我々大人の「生き方」そのものが子どもたちへの文化の継承になるのだと感じました。
平和は「考え方」だけでなく、それ自体を「経験する」ことによって達成できる。という。
小さな園の中で子どもたちが平和な大人の関係を見つめそれを経験し、自分たちもお互いの「違い」を認められるような空間になってほしいと思いました。
その為には我々大人が少し先を生きる者として、素敵な日々を過ごすことが大切であるということを学ぶことができた研修会でした。
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